2018年5月24日木曜日

初めての保護者会

4月5月。
新年度の始まりと連休。
お子さんも親御さんもお元気でお過ごしですか。

この季節になると決まって思い出すことがあります。

初めての息子の、初めての小学校入学、初めての保護者会。
何もかにも珍しく、息子の机と椅子に座り、担任の先生を見つめました。
初めての息子の初めての出来事は、そっくりそのままで母にとっても初めての出来事なわけです。

「自己紹介を兼ねてご自身のお名前と、お子さんの良い所と悪い所をおっしゃってください」
と先生。
列の一番前から順番に立ち上がって「自己と我が子紹介」が始まりました。
最初の方が自信に満ちて、「うちの子は、勉強は苦手かもしれませんが、幼稚園時代から友達の多い子です」とおっしゃったせいでしょうか、たいていの方が似たり寄ったりの紹介をなさいました。
さて私の番になりました。
私はとても困ってしまいました。何を話したらいいのか。
そこで心のままに申し上げることにしました。

「私は我が子のことが良く解りません」

そう言ったとたん教室の風の流れが変わったような気がしました。
「私にとって、ここがこの子の良いところだなあ、と思えるところは、他の見方をすると弱点ともいえるし、弱点かなと思うところがこの子の魅力でもあるし、とかとか。良い所と悪い所が重なりあって良く解らないのですよね」
と。
よろしくお願いします! とにっこりして座りましたが
「あれ、なんか私、変なこと言ってしまったかな」
と、ひとり浮いてしまったような、居心地の悪さを感じたことを覚えています。

そして驚いたのは帰宅してから。なんと3人もの方からお電話をいただいたのです。
「何かお悩みなのね」とか「ご相談事があったらいつでも」とか。ご自身の信仰している宗教へのお誘いでもありました。
迷える母親、気の毒な母親と受け止めて手を差し伸べてくださったのでしょうね。

でも大丈夫。
その時も、30数年たった今でも、やっぱり長所は見方によって短所にもなるし、短所は長所と言えないまでも魅力の一つになっていることもあるのではと思っています。

そして何よりも親が、我が子のことを一番よく知っているとは限らないのではないかしらとも。
親が知っている我が子は、親と一緒にいるときの我が子の姿以上でも以下でもないのだということ。親こそがすべてを知っているわけではないということ。

我が子も私たち大人と同じように、他の場面では全く違う顔で、もしかして「別人」のように生きているかもしれないということ。

長所や短所と言いますか、「個性」は固定したものではなくて、関係によって引き出されるものだということ。
もっと言えば本人でさえ気が付いていない「自分」がいる!

だからこそ、我が子にも、家だけではない、学校も含めての「もう一つの場」(それも複数で!)があることは素敵なことです。
いろんな人や出来事に出逢いながらいろんな「自分」に出逢っているのですから。

親が我が子のすべてを知ることはできないし、それでよいのだと思うのですが、いかがですか。




前夜の名残り。

ひぽぽたあむ公演「かえるくんかえるくん」
大東おやこ劇場さんが作ってくださった公演ポスター。



2018年2月13日火曜日

小さくて大きな人たちに会いに来て

幕の後ろからですが、小さな人たちと出会っていると、彼らの大きさに目を(耳を)見張ることがたびたびあります。
例えば今回は、人形劇団ひぽぽたあむの人形劇「チップとチョコ」(三本だて)の一本目の「おでかけ」でのエピソードを。
原作はどい・かやさんの同題の絵本(文溪堂刊)。しっかり者の妹と心優しい兄ちゃんのお話です。

おばあちゃんが兄妹に襟巻きを編んでくれました。
兄には黄色、妹には赤です。
お兄さんが「ボクの大好きな卵焼きの色だ」と言いながら巻いてしまうものですから、
もめごとが始まります。
妹は「私も黄色がいい!取り替えて」と。 でも兄は「チョコのは可愛い苺の色だよ」と。
なんとかおさめて二人でおばあちゃん家に見せにいくことにしました。
ところが途中で、黄色い小鳥に出会ったり、赤いリンゴを担いだイノシシに出会ったり。
そのつど妹は「やっぱり黄色が」、「やっぱり赤が」と取り替えっこを要求。
大泣きしたり、もう行かない、とか言いながらね。
しぶしぶ取り替えてあげる兄。
やっとこおばあちゃん家に着いたら、なんと幸か不幸かお庭に黄色い花が!
当然二人は黄色を取り合いっこに。
そこへおばあさんが登場し……。

 さて、皆さんならこのもめ事にどう落とし前をつけますか。

チップとチョコのおばあちゃんは、小さな二人におやつをすすめ、その間に襟巻き二本ほどいて、しましまに編み変えちゃうのです。

皆様いかがですか!?

妹は「これで、小鳥ともリンゴともお花ともおんなじだね」と喜びますが、
演じている私たちは、「え、おばあちゃん、二人に相談もなく勝手にやっちゃって良いの?」とドキドキします。
もちろん、さすが年配者の知恵だな、と感心もしますが。

客席の皆さんはどうかしらと耳をすますと、
つるつるつると襟巻きをほどき、玉にし、編み変えるおばあちゃんの仕事っぷりに見とれ、「上手!」と声までかけてくれる人もいて。
少なくともたいていの観客は、おばあちゃんのしたことを受け入れ、ほっとしてくれているようなのです。

ですから、兄のチップも「おばあちゃんありがとう」と言います。
世論に支えられてね。

そうなんです。
私が驚くのはここです。
「おばあちゃんが一生懸命編んでくれたのだからいいかあ」と受け入れてくれているんだ! と。

このドラマは小さな人たちを大人たちが見守っているだけではなくて、
大人たちを(!)小さな人たちが見守っているドラマでもあるんだ、と改めて感動する次第。

あらすじめいたことも書いてしまいましたが、観ると聞く(読む)とは大違い。
舞台と、優れた小さな観客を観に是非劇場へおでかけください。


昨年柏崎子ども劇場さんでの公演の時に
作っていただいた「チップとチョコ」の看板。

 


◆劇団ひぽぽたあむ公演のお知らせ◆
こいぬの兄妹チップとチョコ

2018年2月25日 13:00
ASIA TYA Festival in Japan 2018 参加
チップとチョコ
会場: 国立オリンピック記念青少年総合センター

お申し込みはカンフェティ0120‐240‐540まで



2018年3月18日 11:15
ふれあいこどもまつり 参加
チップとチョコ
会場: 文京シビックホール

お申し込みは劇団ひぽぽたあむ☎042‐369‐1246まで





 



2017年12月30日土曜日

生まれて初めて

「今日初めて講演会の司会をやらせていただきます○○です。上手にやれるかどうかわかりませんがよろしくお願いします」
講演会にお招きいただくと、こんな挨拶を受けることがよくあります。そして「講師のご紹介はどんな風に?」と。
私はとたんに嬉しくなって、「あなたにしかできないご挨拶をぜひ」と申し上げます。
たいてい、「私事ですが……」と、なぜ私を講演会に呼ぶことになったかのいきさつやら、自分の期待感も混ぜ込んだ「その人ならでは」のご挨拶をしてくださいます。

こんなふうに私たち大人は、自分の「生まれて初めて」経験には寛容です。ドキドキ感も言葉にできます。
しかし小さい人にはどうだろう。
なぜできない! どうしてできない! と頭ごなしに叱ったりしてないかしら。

もしかすると、彼や彼女が今立ち向かっていることは、
「生まれて初めて」のことかもしれない……‼ 

自分の想いを言葉にできたら「生まれて初めてなんだよ」って言いたいときがたくさんあるんじゃないのかな。
何も言わなくても、小さな人たちは果敢に「生まれて初めて」に立ち向かっているんだなあ。
立派だなあ。素敵だなあ。

例えば3歳児は、おなかの中にいる時をいれてもまだ3+α年しか生きていない。
小さな人たちにとっては毎日が「生まれて初めて」三昧。
今日の体験が明日の手本、基準となる。
濃い!
重い!
深い!
体験・経験・知識の蓄積の量はとうてい大人にはかなわない。でも比重が違う。

私などは「ついこの間」と申し上げてもそれは5年ほど前の話だったりする。
一年一年の過ぎるのが早くて早くて。

考えてみますと私の今日の一日は(365×67)のうちの1日。
3歳児さんは(365×3)のうちの1日!
分母の大きさが違う。
一日の値打ちが違うんだなあ。

私は今でも大人になるまでの沢山の「初めての日」を覚えています。
「3階建ての木造の旅館に泊った日」も
「学芸会でにわとりを演った日」も
「腋毛を脱毛してもらった日」も
「兄と汽車に乗って二人だけで親戚のうちに行った日」も
「誕生日のケーキが無くて店にある缶詰の中から好きなものを何でも食べていいよって言われた日」も
「ソフトクリームを初めて食べた日」でさえも!
書ききれないほどの「初めて」を覚えています。

どうぞ、小さな人たちの毎日がいろんな「初めての事」に満ちあふれ、
できれば、喜びと愉快な「とき」を、じっくりゆっくりたくさん持つことができますようにと祈るばかりです。

良いお年を!
<明日は私の生まれて初めての68回目の誕生日という日に>

「チップとチョコ」の一場面から
イチゴのパンプディング。

【公演のお知らせ】
「チップとチョコ」アジアTYA フェステバル ジャパン公演
日時:2月25日(日)13時開演
会場:国立オリンピック記念センターカルチャー棟中練習室41
 

2017年10月31日火曜日

言葉探しの旅に出ませんか

「一生もんの人形をつくろう」ワークを我が家でやっています。
朝の9時から夜の9時までひたすら手縫いします。これがなかなか愉快です。

頭(かしら)の部分から縫い始めますが、当然、仕事の早い人とゆっくりな人がいます。
仕事の早い人に合わせて、
「さあ、次の仕事=ボディの縫い方を説明します」
と私。
まだ頭が終わっていない人は「えっ、もう?」という顔をしますが、
気づかない振りをして、「さあ、一旦手を止めてご覧になって」と。

「へえ」とか、「そうなんだあ」とか、相づちをうちながら皆さん真顔。
真剣に聴いてくださる。
 全員注視の中、ひと通り説明。
終わると皆さん再びそれぞれの仕事に戻ります。

しばらくすると、やっと頭が縫い終わった人が突然こう言います。
「ボディはどう縫うんですか?」あるいは「次はどこを縫うんですかあ?」

「ひえっ。先ほど説明しましたよね」の言葉を飲み込んで、
「ボディですよ」
と私。
「へええ」「そうなんだあ」
まるで初めて聴くようなそぶり。のどか。屈託がない。

そうなんです。
自分が直面しない限り、あらかじめの説明なんぞ、見てるようで見てない、聴いているようで聴いていない。筒抜け状態。
もちろん悪意なんぞはない。
結果として、三人参加者がいれば三回。十人いれば十回説明をすることになる。
丁寧に、初めて語るように語る。それが仕事だからね。

どうやら人は、その場その時にならないと、見ても聴いても、頭に残らないことが多いらしい。
ひとつ終わって、さあ次っ、と思った時に、あれ、これなに? と。
やっと「わがこと」になる。
直面したときに初めて目が開き耳が通る。

小さい人たちも同じではないのかしら。

「さっき言ったでしょ!」
「何度言ったらわかるの!」
昔からしつけは、し続けること、とよく言われますが、回数ではなくて、どうも、言うタイミングがありそうです。
関心がそこにないときは、無駄とは言わないまでも、届いていないことが多いのでは?

歩き出したとたんの「転ぶよ」(まだ転んでないでしょ)
スプーンを持ったとたんの「こぼさないでね」(まだ食べてもいないってば)等など。
むしろ、よかれと思っての、前もっての忠告は、
小さいひとのためと言うより、大人の独りよがり?! というか、精神安定剤?

――なにか言いたい。
――だったら、忠告じゃなくてもいいよね。
「気持ちいいね」とか
「おいしいかな」とか。

指図、命令、忠告じゃない言葉。 探してみませんか。
指図、命令、忠告は「ここだっ」ってときにとっておいて。
小さな人たちはもちろん、大人たちも楽しい気分になるんじゃないかな。

どうかしら。

ちなみに 「一生もんの人形をつくろう」ワークは、
途中で私の作った粗末な昼食をとり、出来上がったらお誕生会をします。
もちろんその日生まれ出た人形たちのね。

なぜか、人形を作っていたのに長い旅に出掛けていたような気分になるから不思議。



「一生もんの人形をつくろう」ワークショップの締めくくりは
人形のお誕生会
〈ケーキは井澤智子さん・伊東しのぶさん作〉

2017年10月15日日曜日

おしゃべりな背中

 
「ひぽぽたあむの人形劇は、台詞なしのシーンから始まることが多いですね」
のご指摘を受けて、
あらほんとだ、と気がつきました。

『ハリネズミと雪の花』
は、始まったとたんに、ハリネズミではなく、くまくんが、舞台を行ったり来たり。
しばらくして
「あ、木(薪)運んでるんだ」
と誰かがつぶやく。

『かえるくん・かえるくん』
ではベッドから降りて支度して、うがいして、顔を洗って、ご飯食べて、
やっと
「昨日野うさぎくんがね」
と話し出す。

『スキレルとヘアとグレイ・ラビット』
にいたっては、
ご覧くださった小さな観客に
「今日の人形劇は、なかなか始まらなかったねえ」
と言われる始末。

弦楽器四本の美しい音楽で幕が開くと、朝。
目覚めた灰色ウサギが登場するも、水を汲んだり沸かしたり、掃除したり。
クロスを広げ、皿を並べ、テーブルセッティングを終えてからやっと、
一緒に住んでる大ウサギとリスに
「ご飯だよ」
と声をかける。

でも、私はこの台詞のないシーンが大好きで、大事だと思っています。

小さな人たちは無言の、説明なしの、観ていないとわからない
「ただ観るしかないシーン」から、
これから始まるお芝居の特徴や、創り手の伝えたいことの根っこを掴んでしまうようです。

そう言えば
大正生まれの私の親たちは、 黙って良く働いて、
口から出る言葉ではない、体や行いでいろんなことを語っていたなあ。
子どもながらにも、小さな私はそれを感じてた。
もしかすると、
それと似ているのかもしれないな。

小さな人たちは実に良く観ています。
観て、分かってもいるようです。

ちなみに私は
「今日の人形劇はなかなか始まらなかったね」と言った少年には
「あなたのお母さんも、あなたが起きる前にあんなことしてるんじゃないのかしら」
と言いました。 すると
「あっ、そうか」
と。

小さな人たちは、言葉より語るものを受けとめる力にたけた人たちのようです。
ですから、
私たち大人の、弱さも醜さもふくめてもうバレバレ。
それでもお母さん!と愛してくれる!
もはや、伸びやかに精一杯誠実に生きるしかありません❤

まずは
主権在民の証としての選挙に参りましょう。
これも未来を決める大人としての大事な行いですもの。



『ハリネズミと雪の花』のくまくんとハリネズミくん


★厚生省中央児童福祉審議会推薦'91
明日は新年の前のお祝いの日。 くまくんは高熱を出してしまいます。
病気を治すことができるのは「たのし草の花」だけと聞き
親友のハリネズミは雪の森へ飛び出しますが…。
『ハリネズミと雪の花』
 
1年1組パペットシアター(西新宿芸能花伝舎

2017年9月24日日曜日

心が柔らかくなるとき

「いい舞台観てきたのに喧嘩? もう、あんたたちときたらぁ」
なんて叱ったことことありませんか。

そうなんですよね。
身を乗り出して舞台を観て、笑ったり、泣いたり。
しんみりしたり。
「ママ、おもしろかったあ」
などと。
「あああ、我が子も大きくなったな、あんなに楽しんでいた。
子連れ移動で大変だったけれど、
やっぱり生の舞台を観に行ってよかった、うんうん」

そう思った矢先に、
突然始まる兄弟姉妹(夫婦も?)喧嘩。

「んもう。安くないのよあの舞台。テレビならただだけど」

でも、どうぞがっかりなさらないで。

もとより、生の舞台に触れたからって、
我が子が急に〈良い子〉になるなんて、どなたも期待していないとは思いますが。

それでも、今夜一晩くらいは、
ハリネズミの控えめな優しさとか、かえるくんのお茶目な友情とかに包まれて、
劇中歌なんか口ずさみ、
みんな仲良く「今日はいい日だったね」と
健やかな眠りにつけるはずじゃなかったの!
と、いつもの喧嘩より腹立たしいのですよね。

でも私は思うのです。
それは心がいつもより柔らかくなっているからではないかしら、と。

だから、
普段なら見逃すところで心が反応する。
些細なことが見逃せない。
反応しやすくなっている、
ってことじゃないのかなぁ。

生の舞台に触れたことで、
今持っている言葉では言い表せない、新しい何かが心に生まれたんだ。
ゆらゆらしているんだと。
むしろ戸惑っているんだ、と。

だからそんな夜は、
何やってんの! と叱り飛ばすのではなくて、
ぎゅっと抱き止めてあげてほしい。
こんな夜もあるさ、と。

私もときどき心がゆさゆさします。
そんな日はぎゅってしてほしい。

もしかしておかあさん、あなたも?


病気のくまくんを助けるため、親友のハリネズミくんは
雪の森に「楽し草の花」を探しに行きますが……
人形劇団ひぽぽたあむの名作「ハリネズミと雪の花」
島根県松江市にて11月3日、4日公演予定
※お問い合わせはこちらへ

「とくべつ」を探しに行くかえるくんのお話と
森の中で新しい友だちと出会うお話
「かえるくん・かえるくん」
島根県松江市にて11月4日、5日公演予定
※お問い合わせはこちらへ
 

2017年9月4日月曜日

苦手克服法


少し前のホテルでのことです。
朝御飯を済ませて部屋へ戻るとなんと、
ブラウスが裏返しだったことに気がつきました。
呆けがはじまったかな。
いえまあ総レースでしたから、どなたも気がついていなかったかも知れない……、そう自分を慰めましたけれどね。

元々うっかり屋の私ですが、歳を重ねると、こういう失敗がますます増えてきました。

そうだ!
と、突然大発見。
「脱いだとき、その都度表に返しておけばいいのよ」

二人の姉と三人の兄がいた末っ子の私は、身辺の始末がなにかとだらしない。
脱いだら脱ぎっぱなし、使ったら使いっぱなし。
片付け能力未発達のまま、多忙さにかまけて、日々を過ごして来たようなところがあります。
小さな息子たちと並んで、よく夫に叱られていましたもの。

「片付けじゃないの、次の準備。そう思えばいいんだあ」

この大発見は、生活のいろんな場面に波及しました。

ハサミは元の引き出しに、イヤリングは小物入れに、と、それぞれがそれぞれの位置に在るように、戻しておこう。
と、思えるようになり、そうできることが増えてきました。
でないと、なにか始めるときに、「あれはどこへいったかな」と、まずは物捜しから、ということに、ますますなっていきますからね。

在るべきところに在るべき物があるって気持ちいい!

やや遅咲きですが、その気持ちよさを求めて、近頃「片付け」もずいぶんできるようになりました。

で、 散らかしっぱなしの我が子と格闘中の皆様に朗報?! です。

大丈夫。
大人になってからでも人は変われる、育つ、ようです。

自分の力で。
少しずつですがね。
必要に迫られれば。


頭はひとつしかないのにね




使われない物にも出番を作ってあげましょ